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なぜ「否定的な意見はスルーできるようになること」が重要なのか?批判された時のマインド的なもの。

 - ブログ・Wordpress

      2017/08/09

一年強、ブログでいろいろ発信するというのを続けてきました。

もし、これからブログをやっていこうと思っている人、またはブログじゃなくても何かしらの表現(たとえばユーチューバーとか、飲食店主とか、アーティストとか、お笑い芸人さんとか)をしていこうという人は覚悟しておくべきことがあります。

それは「批判される」ということ。

昨年はいろいろな方のブログを観る機会も多かった年ですが、みなさんそれなりに批判を受けていたのを思うと、これはもう避けられないことなんだろうなと思います。
逆に言えば、批判すらされない状況にいるパフォーマーは、存在していないにも等しいと言えるのかもしれません。

では批判を受けた場合にはどうすればいいのか?
僕は「スルーする」というのが正解だと思っています。
もちろん時と場合に寄りますが、要は「うんこみたいな批判なんて気にしない」というマインドを持つことがとても重要です。

これからスタートさせていきたい人、または今現在批判を受けて落ち込んでいる人の参考になれば幸いです。

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なぜ批判されるのか?

正直、僕みたいな弱小ブログをやっている人間でさえ、一定数の批判は受けます。
このブログではないですが、某掲示板で晒された時はヒヤヒヤしたものですw

一般的な感覚だと「批判される」「叩かれる」ということは「間違ったことをしている」ことの表れだと思うかもしれませんが、僕は若干違うと思っています。

というのは、「間違ったこと」をしていても叩かれない人というのが世の中にはいるから。
誰だと思いますか?

答えは「目立ってない人」。
つまり「間違ったこと」を誰にもバレないところでやっている人は直接的に批判を受けるということがないんです。

出る杭は打たれる

たとえば飲酒とか喫煙。
多くの人が成人する前にちょろっとやっているものです。

もちろん、「絶対に間違ったことなんてやっていない」という人がいることを否定はしませんし、バレてないからやっていいというつもりもありません。
ただ、叩かれるのは決まってバカッターとかで晒したヤツらだけです。
賢いヤツは表に出さないんですねw

僕の同級生で某有名進学校に行ったヤツなんかは日常的にタバコを吸っていましたし、学校で賭博、しかもイカサマをして荒稼ぎしていると自慢していたのを思い出します。
彼は親同士の間では「優等生」でしたし、事実を知らない友人から叩かれるようなこともありませんでした。

で、当然こういったことは犯罪だから本来は叩かれて然るべきなんですが、「目立つ人」というのは犯罪行為をしていなくとも「気に入らない」という理由で叩かれる可能性があります。

いわゆる「出る杭は打たれる」というものです。

2:8の法則

世の中には「2:8の法則」というものがあるのをご存じでしょうか。
※僕はにわか知識なので気になる方はしっかり調べてみると面白いと思います。

たとえば、飲食店の売上のうち8割は2割のお客さんが生み出している、とかそういったものです。

先日、小池一夫氏がツイッターでこんなことを呟いていました。

これはつまり、「2割は信者、6割は普通な人、2割はアンチ」ということを意味していると思います。

信者はもう本当に何をやっても応援してくれます。
Appleの信者はiPhoneがどんな方向に真価を遂げても「マーヴェラス!!!」となりますね。

逆にアンチは何をやってもどうせ叩いてくるんです。(実際にどうかではなく、そういうものだと思えばいい)
ワンピのアンチはワンピがどんな漫画になったって「読んでないけどつまんない」っていうんですw

これがだいたい2:6:2で分かれるのであれば、ブログの読者が10人なら2人は信者、6人はどちらでもない人、そして残りの2人はどうしたってアンチになります。
単純計算でブログの読者が10,000人になればアンチは2,000人に膨れ上がりますね。

もちろんこの確率論はわかりやすく説明しただけのものであって、実際に2割・6割・・・のように分けられるものではありません。
もしかしたら0.0001割、9.9997割、0.0002割っていう比率かもしれない。

ただ、「全体数が増えれば、信者もアンチも増える」ということはわかります。

つまり、叩かれるということは、それだけ「目立っている」ということを意味するわけです。
そう思うと有名な人っていうのは本当に毎日大変だろうなーと思いますね。
現に僕も批判的なことを書いたりするし、そういうのを日常的に目にしているんだろうなと。

でもこれって結局は「目立つ」「目に付く」「有名になった」ということの糧なのかなとも考えられますね。
そう思ったら、情報を発信する、何かを表現するという立場にある人からしたら「避けて通れない道」なんじゃないでしょうか。

スルーできることの重要性

僕はこのブログを始める前にも小さなブログをやっていたり、SNSで日記を書いたり、あとは飲食店を経営したりして自己表現をしていました。

そんなころからも批判というのは一定数あり、そのたびにブログを閉鎖したりSNSの日記を消したりしたものです。
飲食店の頃なんかは「マックの方がウマイ」みたいなことを書かれたりもしました。

・・・いや、マックは普通に美味いだろ!w

それはさておき、
批判的な意見を受けたときって、普通の人はどうしてもそちらに引っ張られてしまうんですよね。
例えそれがアンチの悪意ある意見だったとしても、「そうなのかな」って思っちゃう。

否定的な意見はなぜか輝いて見える

あきらかに可愛いアイドルでも大手掲示板やブログコメントに「なにこいつ、ブスじゃん」って書かれたりしたら、絶対に「私ってブスなのかな」って思っちゃうんです。
批判とか否定的な言葉というのはそういう力があるものなんです。

それはたとえ肯定的な意見が100個あった中の、たった1つの否定的な意見だったとしても、それが輝いてしまうものなんですね・・・。
なんでなんだろう。やっぱり否定されることっていうのは不愉快だからなのかな。

でも、それって一生懸命肯定的な意見をくれたり、応援してくれている人に対して物すごく失礼なことです。

たとえば僕はマクドナルドのビッグマックって超美味いと思ってるんですが、もし一部のアンチの「モスの方がウマイ」「改善しろ」って意見に引っ張られてマクドナルドがあの味を変えてしまったとしたら・・・それはファンである僕への冒涜だと思うわけですよ!

なので、批判を受けた場合には安直に「輝いて見える否定的な意見」に引っ張られてはいけないんです。

一生懸命反論するのは無駄

また、批判をされるとどうしても弁明したい気持ちに駆られます。
「あなたは誤解をしています!」と、自身の潔白を証明したくなるというか。

アンチの場合は論理が破たんしていることもあるので尚更理論的に正したくなるものです。

批判に対して弁明をするというのは「全員にわかってもらいたい」という気持ちの表れだと思われますが、悲しいかな、全員になんて絶対にわかってもらうことはできません。
というか、それができるなら戦争なんて起こらないですからね・・・。

キリスト教やヒンドゥー教の人に、僕ら無宗教(もしくは多宗教)である日本人の考えは到底理解できないと思いますし、逆もまた然りです。

絶対にわかってもらえないことに、一生懸命反論をするのは時間の無駄ですし、精神もすり減らしますし、いいことがありませんw
特に「わかってもらおう」と思う事は自分の意見の押し付けであって、相手の意見を否定することにも繋がってしまい、結果的にあなたが「アンチのアンチ」に成りかねないわけです。

なので、スルーできることはスルーする。スルーするー。
これが正解なんだと思います。

人間だからいろんな考えがある

2:6:2の「6」に値する人たちにもいろんな人がいます。
この人たちはその内容次第で味方にもなれば敵にもなると前述のツイートに書かれていましたが、この6割だってひとくくりにはできません。

教養がある人もいれば、そうでない人もいるし。
お金持ちもいれば貧乏な人だっている。

同じことを言ったって、受け手が物事をどう理解するかは、その人が育ってきた環境や経験、現状などに大きく左右されるものです。

「パンがない」という状況において、一般市民は「やべえ・・・死ぬ」って思ったけれどマリーアントワネットは「ケーキを食べればいいじゃない」となったというのはネットで有名な逸話。

もしかしたらマリーアントワネットも「パンがない」って状況の時に「ほーん。で?」ぐらいの気持ちでいたら処刑されなかったのかもしれませんね(適当)

大切なのは相手の考えを否定せず、自分の意見も否定しないことかな、と。
「そういう意見もあるんだなー」ってぐらいでスルーしておくのがきっとお互いに一番幸せなことです。

もちろん本当に間違っていることなら反省しなければならないとは思いますけどね。

でも、それが本当に間違っているかどうかは、2割のアンチだけでなく、残り8割の「信者と普通の人」の意見も考慮したうえで決定していく必要があることを忘れてはいけません。

おわりに

こういうことを書くと、友人と飲みに行った時なんかに「何か嫌なことでもあったの?」とか心配されたりして、「実際にコメントとかをくれなくても心配してくれる仲間っているんだよなー」と実感しますw

でもそんな時に大切なのって「少ない味方と、どっちでもないと思っている人は大勢いる」ってことを忘れないことなんじゃないかな。

ただまぁ、頭ではわかってても、それでも否定的な意見にはモヤモヤして2~3日落ち込みますけどねw
あれはもう凶器ですよ。胸をえぐられる。

でも否定的な意見を受けるということは、その相手に対して先に僕が不愉快なことをしたということに違いはないわけで・・・難しい問題ですね。(現にこのブログでも批判的なことたくさん書いてるしw)

最近立て続けに否定的な意見を受けたあと、幸いにも肯定的な意見や応援を頂けてこう思うに至りました。
また落ち込みそうになったら自分でも読み返してみようと思います。

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