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義父が運転免許返納へ至った理由と高齢者ドライバーの運転について思うこと

 - 雑記・チラ裏・批判など

   

御年76歳(だったかな・・・)になる義父がついに運転免許を返納する決意をしました。

昨今の高齢者ドライバーによる事故のニュースを見る度に、「次はウチじゃないか」と不安に思っていた僕らからしたら、人様の命を奪ってしまう前に運転を辞めようと決意してくれたことは「ありがたい」話です。

でも、身近な人間が実際に免許を返納するとなって初めて、これが「自分事」になりました。
※今まではどこか「他人事」だったんですね。

義父が返納に至った流れと、そこから思ったことについて書き記します。

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義父はなぜ免許を返納しようと思ったのか

高齢者ドライバーによる事故が後を絶たないのには「自分は大丈夫」という想いがどこかにあるからだと思います。

僕も先日、近所の交差点で赤信号ギリギリ(アウト)の時にカーブを猛スピードで曲がる車に遭遇しました。
見通しの悪い交差点なので、曲がった先に人がいるかいないかはわからないはずです。

おそらく急いでいたのでしょう。信号一回分すら待てないほど余裕がなかったんだと思います。

運転手を見ると、かなりの高齢者でした。

瞬時に義父の顔が頭に浮かびました。

自分は大丈夫

義父は普段は温厚な人なのですが、車を運転すると人が変わりますw

若いころはトラックを転がすドライバーをしていたためか、運転が結構きわどいんですね。
具体的に言うと、60km/hで走る道路で前の車にピッタリつけちゃうとか、ロードバイクが側道を走っていてもほとんど避けないで直進するとかです。

助手席に乗るとヒヤヒヤします。
「もし前の車が急ブレーキをかけても本当に止まれる自信ある?」って聞きたいぐらい。

で、たぶん自信あるんですよね。
なぜなら、自分の体が衰えているという感覚がないから。

実際に義父は体に不調を抱えてはいますが、日常生活をする分にはなんら「体の衰え」が際立つようなことはありません。
だからまぁ、普通に運転できているわけだし、まさかアクセルとブレーキを踏み間違えるなんてことはないと思っているに違いありません。

距離感を掴めなくなっていたことを実感

そんな義父が先日、体調が悪くなり病院へ行く事になり、一人で車を飛ばしていた時のこと。
細い路地で対向車をよけようと少しずれたつもりが、思いもよらないほどにズレてしまったのかタイヤをどこかへぶつけてパンクさせてしまいました。

車を運転するときにかなり重要になる「距離感」がつかめなくなっていたわけですね。

これが原因なのか、体調が悪かったことが原因なのか、義父は意気消沈。
これを機に、車に乗らなくなりました。

そして今回ついに運転免許を返納する決意を固めたわけです。

高齢者ドライバーの免許返納について思うこと

さて、実際に義父が運転免許を返納するという話を聞いて、僕ら夫婦は正直なところ「良かった・・・」と胸をなでおろしました。

誤解を恐れずに言えば、自分たちの家族が事故で人の命を奪うようなことを避けられたと思ったからです。

でも、運転免許を返納するということは、そんな単純なことじゃなかったんですね。
今回「自分事」になって、ようやく理解できた部分があります。

車がある生活に慣れ過ぎている

先日テレビで観た90代のドライバーさんが「人を跳ねてしまうかもしれませんよ?」と問いかけられた際、「そんなこと言われたって妻をデイサービスに送り迎えできなくなったら可哀想じゃない」と答えていたのが衝撃でした。

どう考えたって、「デイサービスの楽しみ」よりも軽い命なんてありません。

それでも、その方にしてみたら自分の生活圏内において車を運転しないで生きていくということがあまりにも困難で、そうせざるを得ない中にたまたま「デイサービスの送り迎え」があったんだろうなとは思います。

義両親の家はそこそこ駅に近いですし、スーパーも近所にあります。

でも、生活をするにはどうしてもお米などの重い物を買うことがあり、車があると助かるわけですね。
免許を返納したら、どうなるんだろう。

年を取ればそれなりに足腰が弱ってきますし、僕らが思う以上に重い物を運ぶのがしんどいんじゃないかとも考えられます。
かといってAmazonとかを自由に使えるような世代でもないし、日用品の配達なんて頭にないだろうし。

そもそも弱った足腰を鍛えるために歩いた方がいいのか?
車が普及する以前でここまで長生きした人たちはどんな感じだったのか??

などなどいろいろ考えさせられました。

※おそらく核家族じゃなかったから、家族の若いヤツが送り迎えしてあげてたんだろうけど。

はたして高齢であることがいけないことなのか

こういうことを考えていると、どうしても「年齢でくくる」ことがおかしいような気がしてきます。

というのも、若くても荒い運転をしているヤツらはたくさんいるし、僕なんかも信号が黄色の時にアクセルを踏み込むことは多々あります。

もちろん自分ではちゃんと周囲が安全か見えているつもりですが、やっぱりなんとも言えないところですよね。

つまりは前述の通り「自分は大丈夫」と思っている人が高齢者かどうかに関わらず免許を返納しなければいけないのかもしれません。
若くたって距離感がつかめないようなヤツとか、煽ってくる頭悪そうなオッサンとかいますからね・・・。

そう思うと、やるべきことは「免許返納」なのではなく、免許更新をもっと難しくすることなのかなと。
日本の運転免許の更新時はなぜか「運転しない人ほど講習時間が少なくなる」というわけのわからない制度が適用されていますが、ここがもうちょっとしっかりすればわざわざ「返納」にせずとも危険なドライバーには免許が発行されないことになるんじゃないでしょうか。

※ついでに言うなら、講習はもっと頻繁に受けられるようにするとか、落ちたからって再チャレンジの芽をつまないとか、あとは車に免許を差し込まなければキーがロックされるとか・・・いろいろ考えられそうなんですけどね~。

公共交通機関の問題も

免許を返納してしまうと、たとえば遠方の病院に行かなければならないとなった時に、公共交通機関を使わざるを得ないことになります。

交通費の負担なんかが騒がれていますが、僕はそんなことよりもお年寄りが乗車率200%とかの電車に乗らなければならないシーンを想像するとげんなりしますね。

ああしないと利益が出せないのかもしれませんが、これが果たして先進国の交通手段なのかよ・・・と考えさせられます。
そこに体力も落ちているであろうお年寄りが、病院へ行く為に乗り、病院の帰りからも乗り・・・とか思うと余計に体調を崩しそうです。

やっぱりいろいろなことが一筋縄ではいかないんですね。。

おわりに

というわけで、「高齢者の運転免許の返納!」とみんな声高に叫ぶけれど、そんな単純な問題ではないんだなと思ったお話でした。

もちろん、何度だって言いますが、事故に巻き込まれてしまった人の命はとても重いものです。
高齢者であろうとなかろうと、これを許していこうよなんて言うつもりはありません。

ただ、物事ってなにごともスタンドアロンではないんです。
かならず巡り巡って自分にも影響してくるわけです。

お年寄りが大量に電車に乗るようになれば迷惑する人だっているだろうし、交通機関の料金を下げようとすれば税金に負担が来ますし。

だれかが「日本人は贅沢を辞めればみんな幸せになる」みたいなことを言っていましたが、これも馬鹿げた話です。
贅沢をするからこそ経済が回って生活ができるわけで、たとえばみんなが外食をしなくなればあぶれてしまった外食産業の人はどうするの?ってところまで考えないとダメなんですよね。

なので、免許返納はもちろんできる限り多くのお年寄りにしてほしいけれど、それによって起こりうることももっともっと「自分事」として考えていかなければなりません。

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