「安く買えた自慢」はあまり良くないのではないか?!と思った話。
僕の母親はよく「これが〇〇円だったのよ!!」と何かしら商品が安く買えたことを嬉々として報告してきます。
おそらく彼女の使命というか、まぁ・・・趣味なんだと思うんですよ。
なのでちょっと遠くのスーパーに時間をかけて行ってでも、安く買えたということが自慢なのです。
・・・って、他人事のように語っていますが!!
実は僕もその気があってw
とにかく「安いは正義」とばかりに、ネットショッピングでも「最安値」を探し続けてしまう傾向にあります。
しかしね・・・これ、実はやっぱり自慢できることでもなんでもないんじゃないかと思うのですよ!
安く買えたことは「すごいこと」なのか!?
「これ、めっちゃ安く買えたんですよ~」っていうのは、「いいでしょ~!すごいでしょ~!」みたいな自慢のようでありつつ、その実は「わしゃハイエナですねん」と言っているようなものなのかもしれません。
だって、安くなるタイミングを狙って買ったとか、安くなる情報を得て買ったとか・・・もしくは「安かったから買った」だとか、、、
結局のところ「価格」に人生を左右されてしまっているわけですもんね。
もちろん「情報強者」でなければ安く買うことはできないのだけれども。
「安くとも高くとも、必要だから買った!」という方がどちらかというと「物理的な強者」感が強いというかw
(どっちがいいってことでもないんでしょうけどね~)
むしろ「高く買った」ということを誇りたい
そう考えると、どちらかというとむしろ誇るべきは「高く買ったぜ~??」ってところなんじゃないだろうか、と。
本田圭佑選手のラーメン2,000円騒動じゃないですけども、「わしゃお金払えるんやで」っていうことのアッピールの方がカッコいいと思うんです。
だってお金払えるってことはお金を持ってるということで・・・つまりは「社会的地位が高い」だとか「成功者である」とかの証だもんなぁ。
逆にいうと僕や母っていうのは根っからの貧乏性というか。
お金を持ってない田舎者がどうにか自分が優位に立てそうな部分というところでの「安く買ったで~自慢」だったのかもしれません。
・・・今後は「高く買ったで~」を自慢できるようになろうっと。
とはいえ・・・!!損した気分になってしまうのだ
とはいえ!!なんですよ。
世の中には本当に「全く同じ商品」が「全然違う価格」で売られていることが往々にしてあるわけで。
たとえばそれがセレクトショップの洋服のように、一般的な価格が明確でないものであれば「高かったぜ~」は自慢になるかもしれませんが、、、
逆に缶ジュースのように、一般価格が世間に浸透しているものを高く売りつけられてしまった場合・・・それはお金を持っている成功者だったとしても、なんかカッコ悪かったりしませんでしょうか??
「あいつ・・・うまいことカモられてるぜ」みたいな。
少なくとも僕は、「自分がその価格に納得して購入したもの」だったとしても、その翌日ぐらいに別の場所で同じ商品がセールになっていたりするとすごく損した気分になってしまうのだ!!!
(つまり、貧乏性なのだ)
※相場を読める審美眼がある・・・とポジティブに言い換えることもできまんな。
おわりに
ま、そういうわけなので、「カッコいいか否か」というのと「損した気分になって落ち込むか否か」みたいなところをうまく天秤にかけて決めていかなければならない問題なんだろうと思います。
※きっと性格なのでね・・・自分が望む方向に直せるようなものでもないんだろうけど。。。
ちなみに先日出先で立ち寄った店でたまたま「辛ラーメン」が売ってるのを見つけまして・・・そういや母が食べたいって言ってたな~!と思ったんですけども、ふと「いくらで買ってきたの?」とか「新大久保だったらもっと安かった」とか言われるかもなーと思って、買って帰るのを躊躇してしまった・・・というようなことがありました。
つまり、あまり「安く買えた自慢」ばっかりしていると、「あの人は安いものしかいらないらしいぞ!」という評価になってしまうかもしれない・・・ということには注意が必要なのかもしれませぬ!