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PCを使えない若者が増えている現実に「幼年期の終わり」が既にSFではなくなっている事を感じる

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」が気になって気になって、本編を読む前にサマリーを読んでしまった事をとても後悔しています。

くそぅ・・その衝撃を僕も味わいたかった。。

これが今から60年以上も前に書かれていた事に驚き。
僕の母より年上でやんの。

さて、幼年期の終わりはまさしくSF小説なわけですが、 SF・・・つまり「S(すこし)F(ふしぎ)」な世界を描いているのが60年以上も前ということは、現在ではそのSFがより現実に近づいているとしてもおかしくないのではないでしょうか。

お年寄りが「老害」と叩かれる事や、若者が「最近の若いヤツは」と言われる事が幼年期の終わりとちょっとリンクするのかな~なんて思ったのでダラッと書かせてください。

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ゆるやかなChildfood’s End

”最近の若いヤツ”は、PC(パソコン)を使えないのだそう。

僕らの親世代もパソコンを使えないという人が多いですが、親世代の時のように「パソコンそのものがなかった」というのではなく、今の子たちは「パソコンに代わるもの=スマホが手元にある」ということがその原因ではないかと思われます。

生まれながらにスマホがある世代よ・・・

僕の息子は2014年生まれなので、世の中に誕生した時にはすでにiPhoneがパイセンでした。

iPhoneの誕生というのは僕ら世代にとっては画期的で、その前後で生活が一変したという感覚があります。
なんていうか・・・一気に超絶便利になったというか。

ゲームや音楽、漫画を購入しなくなったのはやっぱりスマホが普及したことがキッカケだったかなと。

人々が漫画やCDを買わなくなった原因は果たして違法アップロードにあるのか考えた

ただ、僕らは「生活の上に便利なスマホが降って来た」という状態。
要は普通の生活がベースとしてあって、そこにさらに便利な道具が来たので「さて、これをどう使いこなそうか」みたいな感覚だと思うんですよ。

でも生まれながらにスマホがあった人にしてみたら、それがベースです。
スマホがない生活なんて考えれず、「スマホがあったら便利」なのではなくて「スマホがなければ生きていけない」という感覚かもしれません。

※現に、今スマホがなくなったらどうやって友達と待ち合わせする?

さて・・・そんなスマホが無かった頃を知っている世代と、生まれながらにスマホがある世代。
両者は果たして「同じ人類」と呼べるのでしょうか??

原始時代の人間と現在の人間は”同じ人類”か

たとえば原始時代の人が今の僕らの生活を見たら、いろいろなことが理解できないと思うのです。

車ならまだしも、人間が飛行機に乗って空を飛ぶとか。
カメラで写真を撮ることができるとか、遠くの人と会話ができるとか・・・。

「えっ、すごい!そんなことできるん?」という以前に、もはや「ファッ!?何やってるのこの人たち・・・ていうか”人”なの・・・?」ぐらいの感覚を持ったとしてもおかしくないんじゃないかと。

これを10年とか1年とかという短い単位で考えれば、僕ら世代と息子たちの世代というのは「同じ人類」とは呼べないのかもしれない。
つまり、息子たちは僕らと比べてゆるやかな進化を遂げた新しい人類だと言えるのではないでしょうか。

「老害」と「最近の若いヤツ」が生まれるのは必然である

そう考えると、お年寄りと若い子は・・・もう2世代分ぐらいも進化に差がある可能性があるんですよ。

そりゃー・・・若い子にしてみたら自分たちの感覚についてこれないお年寄りが「老害」となり、お年寄りにしてみたら何考えてるんだかよくわからない若い子が「最近の若いヤツは~」となるのも必然なわけです。

だって・・・同じ人類ではないんだもの。

幼年期の終わりでは外部の作用によって急激に進化させられた子たちが上位の存在となるべく行動し、それを旧人類(おじいちゃんたち)が見た時にはやっぱり不可解な行動に映ったそうです。

あれ・・・?同じじゃね?
これって今現実に起きてね?

おわりに

つまり、SFでもなんでもなく、ゆるやかな、そして急速な進化というのが僕らの中にも実際に起きているわけですね。

息子なんかは幼い頃からタブレットを駆使してYouTubeを見たりしてまして、最近はスマホのソシャゲにハマっております。
「幼いうちからスマホやタブレットに依存させてはいけない」という話も聞いたことがありますが、果たしてそれは新人類にとって本当に悪影響なことなのでしょうか。

僕ら旧人類の感覚で「アカン!」と言っていることが息子たちの世代(が大人になる頃)にも通用するのかは、なんとも判断が付けづらいところなんじゃないかと思いました。

※きっとキラキラネームだってそのうち普通になるんや・・・!

KARAのギュリちゃんはキラキラネームなのか、という話。キラキラネームは悪なのか、という話。

追記

僕が子供の頃には「パソコンが使えれば良いお仕事に就ける」という親世代の期待がありまして、高校の授業でも普通にパソコンとかプログラミングなんかがありました。

母はもちろんその辺が得意ではなく、パソコンをカタカタと触る僕を見て「な・・・なんだこいつは・・・!」という畏怖があったのではないかと思いますw

つまりワイもお母さんから見たら進化した人類だったってわけよ。

まぁ、そんな母も余裕でスマホは使えてるんですけどね~w
(だから進化がどうこうっていうか、「スマホは直感的に使いやすい、すごいツール」っていうだけの話かもしらんけど)

【関連】「幼年期の終わり」の一節に「火の鳥 望郷編」を感じた話
【関連】宇宙人はいるのいないの言ってるヤツはちゃんと漫画読んだんだろうな!って話

※だいぶ前に書いたブログ記事だったんですが、あとで読み返してみたら内容が全くイミフだったので大幅な加筆修正を致しました。
過去に読んでいただいた方にはわけのわからない内容でお送りしてしまって申し訳ありませんっした!

   

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      2020/08/17

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