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NINTENDO Switchは最強のユーザー本位ゲームハードなんじゃないかと思う【完全態】

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任天堂とソニーという日本のゲーム業界を支える二大企業について、ファミコンの黎明期からPS3あたりまでのことを(おそらくゲハ板と呼ばれる2chスレを参考に)まとめたブログエントリーがあって、読みふけってしまいました。

[参考]SCEと任天堂の「いつか来た道」

棍棒をもった人間はふりまわさずにはいられないwwwwwwwwww

なるほどなぁ。
僕はPS1あたりからゲームをやらなくなってしまったのでイマイチそのあたりからの情報はわかりませんが、それ以前は確かにゲームっ子でしたのでいろいろ共感できる部分もあり。

んでこれ・・・面白いのが、そのまま現在の「Switch v.s. PlayStation(4または5)」にも繋がってきてるんだな~って。

思うに、メーカーが傲慢であるとか、価格がどうとか・・・そういうのも確かに重要なんですけども、ゲームハードの売れ行きを左右するのもやっぱり「ユーザー本位かどうか?」というところなのかなと。

そんなお話です。

そのゲームハードはユーザー本位ですか!?

先のブログエントリーにあった話を要約すると・・・売れるハードの条件として挙げられるポイントには「遊びたいタイトルがある」っていうことに尽きるのかな?と。

(多分にワタクシのバイアスかかってますが・・・)

「互換性がある」ということも挙げられていましたが、これも広義には「遊びたいタイトルがある」っていうところに繋がってくると思ってます。

つまり、一般的なユーザーとしては、「せっかく高価なゲームハードを買うんだから、それを使って長く楽しめる=投資した分の元を取れる」ってところがかなり重要なんじゃないかと。

・・・そうなんだよな。
隣の家のあんちゃんがセガ・マークIIIを買ってたんだけど、たしかに1つだけ面白そうなソフトがあって気になってはいたものの・・・やっぱりファミコンで楽しめるポートピア連続殺人事件とかドラゴンクエストとかマリオとかの魅力には叶わなかったもんな・・・。

※ファミリーコンピューター時代にライバル機だったセガ・マークIIIは、ソフトもセガの自社開発ということであまりにもタイトルが少なかったそうです。

これはメガドライブやサターン、ドリキャスにも言えることだったと思うので、セガの戦略的にうまく行ってなかった部分なのかもしれません。

まぁこれはあくまで「一般的なユーザー」の感覚であって、真性ゲーマーにしてみたら1本のソフトのためにハードを買うというのも普通なのかもしれないですが・・・。

グラフィックスは二の次である

同様に、一般ユーザーの感覚としては・・・ゲームに求めるものはあくまで「ゲーム」であり、そのグラフィックスクオリティなんかは二の次だったりします。

もちろん、綺麗なグラフィックスのゲームっていうのは見てるだけでも感動的なんですけどね。
僕もPS5のグランツーリスモの映像を見てひっくり返りそうになりましたし。(没入感ハンパなさそう)

ただ、それは大前提として「ゲームがおもしろい、または面白そう」という点と、「ストレスなく遊べる」という点をクリアしていることが条件になるんじゃないかなと。

グラフィックスがめちゃくちゃ綺麗なんだけど、ゲームシステムが終わってる・・・シナリオがクソ・・・いちいちロード時間がむちゃくちゃ長い、だったら・・・一般ユーザーは付いて行けないですからね。

もうこれは極論ですけども、ただ単に「実写みたいな映像」が見せたいのであれば、それはもう「映像」で十分なんですよ。
特にゲームである必要はないというか。。

なので、なんていうか・・・グラフィックス推しのゲーム(またはゲームハード)っていうのは、ちょっと「順番が違う」っていう気がするのです。
「需要があったから技術を追いつかせました」ではなく「こんなグラフィックスのゲームが作れる俺スゲー」ってところがスタート地点になってないか?と。

どちらかというとグラフィックスがショボくとも、いろんなタイトルが遊べるハードの方が大きな需要に当て込んでいけそうな感じがしませんかね?ワイだけ?
※ゆえに「互換性(古いゲームも遊べる最新機)」が重要視されるっていう話にも繋がってくるのかな?と。

「買えない」という問題も

さらにいうと現代においてはそのハードが「買えるか否か」ということも問題になっています。

どれだけ面白いタイトルがあって、どんなにすごいグラフィックスだろうとも、そのハードが買えないのであればユーザーは手にすることができないわけで。
ユーザーの手に渡らなければソフトだって売れるわけがなく・・・というのが、昨今のテンバイヤーによるゲハ品薄問題ですよね。

我が家もあまりのPS5の買えなさに諦めましたし。(そもそも資金もなかったけども)

PS5もPS4も買えない状況で値上げということで、DQ12の情報が全然でないことなどを邪推する

ソフトが売れないのならソフトメーカーだってそのハード用に卸すのはリスキーなわけで・・・。
結局PS5の場合、そういった悪しきスパイラルに陥っているという話もあります。

任天堂Switchのすごさ

それでまぁ、我が家にはSwitchがやってきたわけなんですけども。

息子の誕生日にNINTENDO Switchを買うことになった模様

何気にSwitchってこの辺の需要をしっかり満たしていると思うのです。

互換性については任天堂がファミコン時代から特にそこまで重視していないのでアレですが・・・作品タイトルといったところではしっかりユーザーの心を掴んできていますよね。
つまり「アレがやりたい!」と思った時に、「Switchがあるからできる」となる、っていう。

それこそ昔は「ドラクエやりたかったらファミコン、スーファミ」とか、DQ7やFF7だったらPSですか。
そういう縛りがありましたけども、今だとキラータイトルの「PS4/PS5, Switch, Xbox, Steam全対応」みたいなのが珍しくないですし。

逆にスプラトゥーンとかマリカーといった任天堂が絶対に手放さないタイトルっていうのも持ってるわけで。
ユーザーにしてみたら「これさえ買っておけばたいていの人気ゲームが遊べる」みたいな状態なんですよ。

さらにいうとハードが買えないPS5に比べて、頑張ればそこそこ買えるSwitch・・・っていうところでシェアも伸びてますのでね。
結果的にこっちはハード、ソフト、ユーザーでWin-Win-Winな関係性を築けているわけです。

(まぁ、言うてもSwitchもなかなか買えないけど。。。)

グラフィックスよりも重要だった潜在ニーズ

そして僕が今回Switchを手にしてみて「おおおっ!!」と思ったのは、これ一台で「携帯機にもなるし据置機にもなる」っていうところでして。

これが・・・何気にすごいんですよ。

PS5やらXboxっていうのは、グラフィックス処理能力こそすごいかもしれないですけど、家でモニターの前に陣取らないとゲームができないんです。
いわば「ファミコン」の延長ですよね。

一方NINTENDO Switchの場合、「ゲームボーイ」の延長にある携帯機でありつつ、HDMIケーブルを繋ぐことでテレビ等のモニターでも遊べる、と。

その分(?)画質を犠牲にしていて、最大2Kっていうところではあるんですが、ライトなユーザーにしてみれば2Kでも十分綺麗なんです。
それよりも、家でも外でも出来るとか、テレビに繋げば家族で遊べる、誰かがテレビを観ているなら携帯機として遊ぶ・・・といった柔軟なプレイスタイルっていうのは潜在的なニーズだったんじゃないかと。

いつまでも”一般ゲーム層が求めているかどうかもわからないグラフィックス“に固執するのではなく、ユーザー本位なニーズを探ったというのであれば、こりゃ新任天堂が覇権を取ったというのもものすごく納得できる話なのであります。

※もちろん「ゲームは絶対的にグラフィックス!綺麗じゃなかったらやる意味ない!!」って思っている一般ゲームユーザーがいない、というわけではありませんが!!

おわりに

まぁ、そういうわけで・・・NINTENDO Switchっていうのはもう最強のユーザー本位なゲーム機なのかもしれないなと。

今後の新しいゲームハードも、この形が基準になっていくんじゃないですかね?
だって既存Switchユーザーは「携帯も据置もできる」というスタイルに慣れてしまっている以上、今後「グラフィックスが各段に進化!」と言われても携帯または据置オンリーの機種だと物足りなさを感じてしまうと思うんですよ。

逆にいうとこんなのがブルーオーシャンであり続けるはずがなく・・・もっと魅力的なSwitch然としたハードが登場して、そのメーカーが魅力的なタイトルをたくさん引っ提げてきたら、、、一気に形成逆転を狙える可能性があるってことなんでしょうけども。

そう考えたら、ゲームハードメーカーっていうのはこれ以上ハードの新たなグレードアップに力を注ぐよりも、いかにサードパーティに多くのゲームをリリースしてもらうか?というところに重点を置いた方が良いのかもしれませんねえ~。

以上、ゲーム業界素人おじの勝手な妄想でした。

   

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