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食べ物を粗末にしたらアカン!って言ってるのは誰なんだろう?

 - テレビ・映画の感想

   

先日テレビを観ていたら、芸人のチェリー吉武さんが「お尻でくるみ割り」のギネス記録に挑戦していました。

そのチャレンジは見事ギネス世界記録を大幅に更新し、いい感じに一つのコーナーが終わろうとしていた時・・・表示されたテロップに目を疑いました。

くるみはチェリー吉武さんが全て持ち帰りました

ファーーーーwwwwwwwww

スタッフが美味しく頂いたわけではなくて、チェリー吉武さんが全部持ち帰ったってwwww

これって、あれですかねえ。
「食べた」みたいなことになると「ウソつけ!!」って話になって、テレビ局(または製作会社)のせいにされちゃうから、「持ち帰ったあとのことは僕らは知らないんで」みたいなスタンスだったんでしょうか??

それで思ったんですけど、今日び、食べ物を粗末にすることでいったい誰が怒っているんでしょうか・・・?
たしかに僕もなんとなく食べ物を粗末にするのは嫌いなんですけど、はたして食べ物って”食べること”だけがその使命なのか??というところを疑問に思ってしまったのです。

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子供の頃は「農家の人が可哀想だから」と教わった

僕が子供の頃は、なぜ食べ物を粗末にしてはいけないのか?という理由として「一生懸命育てた農家の人に失礼でしょう?粗末にされたら可哀想じゃない。」と教えられました。
だから残してはいけない、と。

また、「戦争中は満足にご飯を食べられない人も多かった。だから今だって食べ物を粗末にしてはいけない。」とか、単純に「食べ物を粗末にするとバチが当たる」とか言われたものです。

でも、すごーくシンプルに考えると、今って飽食の時代なんですよね。
なんだったら日本は世界で一番食べ物を廃棄している国だ、って聞いたことがあります。

「食べ物を食べるためだけに使う」だと、捨てるほど余ってしまうような状態にあるということです。

新しい時代に古い概念が通用しないのが当たり前なのではないでしょうか。

人々が食べる量だけ生産することになったら農家の人は嬉しいのか?

もし、「捨てるのは農家の人に失礼だ!」と、人々が食べきれる量だけを生産してもらうようになったら・・・果たして農家の人は嬉しいのか?というのがそもそも疑問です。

生産量が減れば価格は上がるでしょうし・・・。
価格が上がれば今度は買えない人も出てくるでしょうし。

そうなったら輸入品が今よりも多くなるだろうし・・・なんか一筋縄では行かなさそうですよね。

食べ物は「食べること」だけが使命ではない?

そもそも食べ物って・・・人間が勝手に「食べるもの」と決めただけであって、その使い方には限定されない可能性もあるわけですよね。

たとえば食べ物から作る石鹸だとか。

要は「真っ当な理由で使われる」のであれば、食べ物が食べる以外に使われたとしても文句はないのではないでしょうか。

海外だとトマトやオレンジを投げるお祭りってありますよね。
ああいうのにも「食べ物を粗末にしやがってえええ!!」と怒る人っているのかな?

バラエティでも食べ物に違った価値を与えただけのこと

余ってしまって廃棄になるだけの食べ物があったのなら、それを別の用途で使う・・・つまり違う使命を与えてあげることって、逆に褒められるべきことだと思うんです。
ただ単に捨てるのではなく、新しい価値を与えて有効利用する。

実はバラエティで食べ物を使うのって、食べ物に「エンターテインメント」という新しい息を吹き込んだだけのことなのではないでしょうか。

それによって食べ物の需要がさらに高まることになれば、全く以って「農家の人に失礼」なんてことはなくなると思うんです。

面白いかどうかは別だけど

その昔、ダウンタウンの松ちゃんがキャシー塚本というキャラクターで、料理番組のコントをやっていたのをご存知でしょうか。

途中まで作っていた料理を「はい、ドーン!!!」とか言いながら壁に投げつける・・・っていうヤツです。

僕はそれをリアルタイムで見ていたのが中学生の頃だったんだけど、なんとなく「面白いんだけど、食べ物を粗末にするのはなぁ・・・」という嫌悪があったのを覚えています。

これだって、今考えたら「製作会社が”バラエティで使う”という名目で購入した食べ物に新しい使命を与えた」ということなんだと思うんですよ。
だから「粗末にするのは良くない」みたいな嫌悪って、やっぱりちょっと違うのかなと。

ただ、それが面白いかどうかはまた別の問題であって、今の時代にはもう古い笑いなんだとは思いますが。

真似されると面倒ってのもある

あとは・・・「子供がそういうのを観ていて、家とか飲食店とかで真似したらすっげーめんどくせえ」ってのはあるでしょうね。

もしうちの息子がキャシー塚本の真似をして、夕飯の食卓に並んだご飯を壁にドーーーン!!ってやったら・・・さすがに僕も怒るだろうなぁ・・・。

でも、なんて言えばいいんだろう?
やっぱり「食べ物を粗末にするな!」なのかなぁ??

※うちの場合は家計が苦しいので、農家の人ではなくパパとママが可哀想なことになるのです

おわりに

今回の話はあくまで「農作物」をターゲットに、「飽食の時代である」ということが前提となっているので・・・たとえばこれが「肉や魚」をターゲットにしたり、食にも困るような地域の人の前になればまた話は違うと思ってます。

余るほど食糧があるなら困っている人に分けてあげればいいんですけどね。
なんかそれができずに「廃棄する」みたいになってるのって本当はすごく気持ち悪いなぁ・・・と。

こんな不釣り合いな状態が世の中に出来ているのに「神様」なんているんですかねえ?
いないのだとしたらいったい誰がバチを与えるんだろう??

などなど変なループに陥りそうな感じになってきたのでこの辺でバーイセンキュー

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Comment

  1. トルネオ より:

    こんにちは!

    お久しぶりです!
    またまた哲学的な内容ですねえ…

    私も食べ物を粗末に扱う事は好きでは無いですが、kaketayoさんのように考えた事は無かったので、なるほどー、と感心してしまいました。

    仮にミニカーだったとしたら、ハイプレミアムな逸品をブリスターのまま飾るのもよし、ブリバリしてリペイントするも良し、リサイクル店で二束三文で売るのもよしで、誰にも咎められる事は無いんですよね。

    ただ、食べ物は基本的には植物や動物を用いて料理され、加工された物なので、元々は生きていた物なので、どうしてもそういう考えになってしまうのかも知れません。

    ペットとかも同じで、ハムスターなんかは子供のお小遣いで買えるくらいのお手頃ペットですが、だからと言ってブリバリしてリペイントする様な事はさすがに許されない行為だと思いますし、そうなると食べ物よりもさらに道徳的な問題になります。

    …何を書きたかったのかわからなくなって来ました!
    とりあえず、様々な観点から物事を見つめ直すのは良い事だと思います!

    私も早くハイプレミアムなミニカーを平然とブリバリ出来る漢になりたいです!

    • kaketayo より:

      トルネオさん

      こんにちは!コメントありがとうございます。

      哲学的かはわからないんですが、いっつもこんなことばっかり考えてます^^;

      >元々は生きていた物なので

      そうなんですよね。
      要は「命を頂いている」という状態なわけで・・・それを粗末にするからこその嫌悪なんだろうなというのはよくわかります。

      ただ「粗末」っていうのが何なのか??っていうところもわかんないんですよねえ。
      もし農家の人が「出荷できないから」って理由で実った野菜を放置してたら、それは粗末にならないのか???とか。

      ハムスターをブリバリというパワーワードにやられましたw
      やっぱり生きているものか、そうでないか?というのは大きいですよね。
      僕も縁日で息子がいたずらにゲットしてきた金魚、どうにかして長生きさせてあげたかったですもん・・・。

      ちなみに・・・ミニカーのブリバリ&リペイントも個人の自由だとは思うんですが、「買ったからって好きにしていいってことじゃない」っていう意見もあって。
      おそらくは行う行為に「敬意があるか?」というところがポイントなのかなーと。

      たとえばカスタマイザーのカスタム品を買って、その場で即燃やす・・・とかしたら、やっぱり作り手さんはいい気がしないでしょうしね。。

      うん・・・僕も(本文に引き続き)何が言いたいかわからなくなってきた!
      でもほんと、おっしゃるとおり、一方の視点からだけで物事を判断してはいけないよなーと最近は特に想うのであります。