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KARAのギュリちゃんはキラキラネームなのか、という話。キラキラネームは悪なのか、という話。

 - 日記

      2017/05/02

KARAのギュリちゃんが銀座のロッテ免税店で一日店長を務めたというニュース記事を見ました。
ギュリちゃんの名前を聞くと、2003年のM-1決勝戦のフットボールアワーさんのネタを思い出します。

「嫁はんの名前がね、”ゆり”っていうんで”ゆーたん”と(呼んでます)」
「じゃあ奥さんが”ギュリ”(という名前)だったら”牛タン”やったわけですね」
「ちょっと待て!どこの世界にギュリ言う名前のヤツがおんねん!」

・・・いた、っていうね。

これって時代の産物というか、今ほどに世界が開けていなかったことを物語っているんだなと思うわけですよ。
まさか「ギュリ」なんて名前の女の子がいるなんて思いもよらなかったわけです。
ネタの作り手も、観客側も。だから笑いに繋がった。

その昔ファミ通か何かで連載されていた4コマ漫画をまとめたコミック「ユウジローのふたつに別れて続いています。」にも同じような話がありました。

うろ覚えで恐縮ですが、何やら役所のようなところで名前を書くときに「名前の最後の”プ”が緊張するんだよね」みたいなことを言うキャラに対し「名前の最後がプなのかてめえ・・・!」みたいに心の中で突っ込む、みたいなお話です。

これ、僕がリアルタイムで読んだのが中学生か高校生ぐらいの頃だったんですが、めちゃくちゃ面白かった印象があるんですよ。
でも今思うと「いやいや、いるでしょ」ってぐらいにしか思えないというか。

ジョニー・デップ、とかね。

当時の読者やユウジロー先生の頭の中では「そんなヤツはいねえ」っていう共通認識があったからこそ、それが笑いに繋がったわけなんですよ。
だって自分たちの身の回りにいる人間の名前は堅苦しいものばかりだったし、テレビに出ている外国人だってデーブ・スペクターさんとかウィッキーさんぐらいしかいなかったわけで。

それだけ世の中がグローバルじゃなかったんだなと、今だからこそそう思えるわけです。

さて、ここから本題。
DQNネームとかキラキラネームというものがずいぶん流行った時期がありました。
その後、あえての古い名前「シワシワネーム」なるものまで流行ったとかで、いろいろ問題になっていましたが・・・

このキラキラネーム。
果たして「悪い事」だったのかどうか。

ギュリちゃんの件を考えると、なんだか「僕らがグローバルじゃなかっただけ」なんじゃないかと思えてきたんです。

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キラキラネームは悪なのか

キラキラネームというのは、僕もあんまりよくは知らないんだけれど「心愛」と書いて「ここあ」とか、そういう当て字的かつ古めかしくない名前のことを指していたと思います。

まぁ、僕ら世代からしたら小宇宙と書いて「コスモ」なんて普通だったんですけどね。

キラキラネームをつけたい親の気持ちとしては、ただ単純に子どもをペットのように猫っ可愛がりたいだけということもあったのかもしれませんが、自分が育ってきた環境を考えた時に「あいつ、名前かっけぇなぁ・・・」と他人に劣等感を感じていた人なら「子どもに同じ悔しさを味あわせたくない」というものもあったかもしれません。

僕も自分の名前が「綾小路翔」だったらと思うことは何度もありました。
「早乙女光」でも可。

名前かぶりこそ最悪

僕ら夫婦も子供が生まれる際、キラキラネームはさすがに候補に挙がりませんでしたが、悩んだものです。
僕は「誇れる名前」がいいと思って、漢字三文字ぐらいを使ったいかつい名前にしてやろうと思ったんですが、妻がどうしてもいやだったみたいで、結局普通の名前になりました。

普通の名前はそれはそれでいいんですが、プレイランドとかで遊んでいるときにあっちもこっちもうちの息子と同じ名前だったりするんですね。

僕は自分が生きてきて、同じ名前の人に出会ったとき、なんとも気恥ずかしい思いをした覚えがあります。

「あ、あなたもその名前なんですか~」みたいな挨拶をしちゃったりして。

これがもし、”珍しいキラキラネーム”だったとしたら、世界で自分だけだったりするわけじゃないですか。
誰かと名前がかぶる心配もないし、間違って呼ばれることもない。

そう思うと、やっぱりキラキラネームって便利というか、悪とばかりは言えないなと思えてきます。
※キラキラネームでかぶりまくったら最悪だけど。

そのうち時代がついてくる

で、キラキラネームを嫌悪する人というのは「小さいうちはいいかもしれないけど、おじいちゃんになっても”ぷりん”ちゃんだぜ!?」みたいな、今をベースとした固定概念で否定しているような気がするんですね。

でもこれって、冒頭のギュリちゃんのように、「そんなヤツいないよね。おかしいよね」っていう感覚であって、それが普通になった時にはなんらおかしくないことなんじゃないかと思うんです。

キラキラネームで名付けられて育った子たちが大人になる頃には、その子たちにとってその名前は”普通”かもしれないわけで、もしかしたら自分の子どもたちに同じような名前を付けていくのかもしれない。

そうやって世の中にキラキラネームの子たちが増えるようになったら「ぷりんおじいちゃん」を笑うヤツこそ失礼という風潮になってるかもしれないわけですよ。

おわりに

とはいえ、何かを測る際の”ものさし”というのは、今の手元にあるものでしか表せないというか・・・僕らは今ベースでしか考えられないから仕方ないのかもしれないですけどね。

なんとなく、キラキラネームで悩む子がいない世界になればいいなーとは思います。

あ、ただ一点だけ「悪である」と言える点があるとすれば、「当て字が過ぎること」でしょうか。
例えば「亜論」で「あーろん」とか、「七星」で「ななせ」ならまだしも、「蚤」と書いて「ばるざりー」とかじゃ読めないですからね・・・。

・・・でもあれか、キラキラじゃなくても読めない名前のヤツなんていっぱいいたんだから、言いがかりじゃねーか!とも言えますが。

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