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マッキーのラジオ「他人に優しくするにはどうすればいいの?」というお話が尊すぎた。

 - 雑記

   

先日、車を運転している時にたまたま聴いていたラジオ番組での話。

僕は途中からその番組を聴いたので、誰の番組かすらわからなかったんですが・・・声や話の内容から「マッキーだ!」と思いました。

番組の中でマッキーが投稿者からのメッセージに返答するというコーナーがありまして、そこで

「どうしたら他人に優しくできるのでしょうか」

という質問があり、それに対するマッキーの答えがなかなか尊く、考えさせられました。

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他人に優しくできるのは、優しくされたことがある人だけ

僕も運転中だったこともあり、がっつりと聴けたわけではなかったんですが、マッキーの答えは以下のようなものでした。

「他人に優しくできるのは、誰かに優しくされたことがある人だけなんですよ」
(言葉は違うかもだけど、ニュアンスはこんなんだったと思う)

マッキー曰く、「だから、他人から優しくされるような人間になれば、自然と他人にも優しくなれる」とのこと。

うん・・・尊すぎる。

他人に優しくしたい。
そのためには自分が誰かの優しさに触れなければダメ。

ここまでは誰でも辿り着くと思うんですが、これだと「他人任せ」なんですよ。
要は他者が絶対的に優しくなければ辿り着けない境地というか。

でもマッキーが言うには「他人に優しくされるような人間になる」っていうことがそもそものスタート地点にある、と。

結局、自分を変えることが出来るのは自分しかいない・・・ってことなんですね。

誕生日プレゼントを選んでいる時ってワクワクするよね。

この話の時にマッキーが例としてあげていたものに「誕生日プレゼント」というものがあったんですが、ちょうど車から降りるタイミングで・・・詳細は聴けませんでした。

でも、確かに誕生日プレゼントをあげるっていうのは、他者に対する優しさを具現化した行為なんですよね。

誕生日プレゼントといっても2種類あって・・・1つは「これが欲しい」というリクエストを元に買ってあげるというもので、それはただ「誕生日だし、お願いを聞いてあげた」ということにすぎません。
でももう1つの方・・・「これを貰ったら嬉しいかなぁ・・・」という妄想をあれこれしながら選ぶプレゼントっていうのは、なんだか選ぶ側もワクワクするんですよ。

単なる押し付けではなくて、相手のことを考えながら選ぶと思うんです。
「そういえばチョコレートが好きだったよな」とか、「こんなん、開封した瞬間に爆笑するぞ・・・」とか。

で!

どうしてそういうことが出来るのか・・・っていうと、自分が過去にそういうプレゼントをもらったことがあるからなんですよね。
ふいにプレゼントされて、「えっ・・・そんなこと考えてくれてたの!?」みたいな、なんとも言えない嬉しい気持ち。

これを相手にも感じて欲しいと思うから出来るのかな・・・と思ったのです。

自分が体験していないことはなかなか思いつかない

逆に言うと、誰にもプレゼントをもらったことがない・・・という人だったら、誰かにプレゼントしようなんて発想にはなかなかなれないのかもしれません。

「なんでおれが稼いだお金を他人のために使わなければならないの?」とか言ってるかもしれない。

またはプレゼントをするという話になった時にも「何をあげたらいいんだろう・・・」と悩んで、相手が全く喜ばないようなものをプレゼントしてしまいそうです。
※いや、何だったとしても基本的には「プレゼントされた」ってだけですごく嬉しいけれどw

きっとぼくら人間は自らが体験したこと以外ってなかなか考えが及ばないと思うんですよね。
なので誰かに優しくされたことが連鎖していき、自分も誰かに優しくできるようになるというのはよくわかります。

うまくいかないときに誰に責任を押し付けるのか

では、「他者から優しくされない」という状態だったとして、その責任をどこに置くのか??というのが今回マッキーが話していたテーマの本質です。(たぶん)

僕はうまくいかないことがあった時に、それをよく他人のせいにしてしまいます。

たとえば取引先からメールの返信がない時に「今回の担当者は使えない」と判断してしまうとかですね。

なぜ僕のメールは返事がもらえないのか?メール返信を貰える確率を上げる方法について考える

でもそれって、うまくいっていないことの責任を相手に押し付けているわけですよ。
もしかしたらこっちに問題があるかもしれないのに、勝手に「相手が使えないヤツ」と決めつけちゃってる。

これだと僕は一生成長することができなくなりますね。

やっぱり一度は「僕が悪かったかな・・・」と自分を疑うべきなんでしょう。
なので、他者に優しくされないのであれば、もしかしたら自分が「優しくしたいと思えないような人間」だったのでは・・・と考えてみることで事態が好転するかもしれないわけです。

おわりに

とはいえ・・・まぁ、わかんないですけどね!

こっちがどんだけ変わったって、相手がウンコってパターンはいくらでもありますから。

いや、違うか・・・ウンコみたいな相手に優しくしてもらおうって思ってる時点で「他人任せ」になっちゃってるんですよね。
そうではなくて、自分に優しくしてくれる人が増えるような振る舞いをすれば、少数のウンコと大多数の優しい人たちという世界に身を置くことになり・・・結果的に自分もその大多数に飲まれていく・・・というような感覚かもしれません。

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