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WEBやソシャゲの弊害はみんながサービスを無料だと思い始めた事だ。

 - 雑記・チラ裏・批判など

   

僕が空き時間でちょっとずつ遊んでいるソシャゲ「the King of Fighters ’98 Ultimate Online」。
略してKOF’98 UMOL。
[参考]地域格差もなければ歩かなくてもいいRPGソシャゲのKOF’98 UMOL。格ゲー好きだけど下手って人にオススメかも。

このたび、UR(ウルトラレア)キャラである「クーラ」を、無課金のままに開放することができました。

このゲームにおいてはキャラクターを開放する方法が2つあって、1つはガチャで引き当てること、もう1つは「格闘家の破片」を集めることになっています。

僕はコツコツ「格闘家の破片」を貯めて、ようやく解放に至りました。ヒャッホォゥイ!!

URキャラをガチャで引き当てるには、ゲーム内通貨の「ダイヤ」を使って、確率1%の有料ガチャをガンガン回す必要があります。

僕もガチャを100回まわせるぐらいのダイヤを貯め込んでいたので、とりあえず100回まわしてみましたが・・・ゲットできませんでした;

余談ですが、ソシャゲにおける表記の「確率1%」は、100回引いて1回あたるという確率の1%ではなく、毎回のガチャの確率が1%ということであることが多く、言ってみたら1000回まわそうとも10000回まわそうとも毎回の当たる確率が1%という仕様なんですね。

前者の場合は1/100、1/99、1/98・・・と確率が高まっていくのに対し、後者は1/100、1/100、1/100・・・というわけ。

課金して楽しんでいる方はそういった点も理解の上、強キャラを得るために投資しているわけです。すごい。

でも待って・・・?
これって本当にすごいことなんでしたっけ・・・?

なんか、無課金でやれる現状の方がおかしいのであって、「サービスにお金を払う」ということは決してすごいことでもなんでもないんじゃないでしょうか。

・・・というお話です。

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コンテンツが無料であることに慣れてしまった弊害

僕はその昔、アイドルマスターシンデレラガールズというソシャゲをやっていた時にも、コツコツと毎日一回無料で引けるガチャを引き続けてSR(スーパーレア)を出したことがあります。

その時にやっていたブログで自慢したところ「嘘乙w」みたいな感じで一蹴されましたが、本当に無料のガチャで出たんです。・・・どっちでもいいけどw

でも「無課金でやってます」っていうのは「タダ乗りしてます」っていうのを公言しているようなもの。

たとえばゲーセンでなら、他の人が遊んでいる画面を後ろからみてコマンド入力の妄想をしたり、ドラムを叩いているふりをしたり・・・そういう感じで楽しんで「僕はお金かけてません!」みたいな感じだったりしませんでしょうか。

ちょっと違うか。

「コストコに行ったけれど、試食だけして帰りました!」
みたいな感じでしょうか。これも違うか。

まぁ、何が言いたいかというと、僕らはいつからか「お金を使わないこと」を正義かのように語るようになってしまっていないか?と思ったわけです。

その昔、ゲームソフトは1万円を超えていた

コンシューマーゲームをあまりやらなかった僕でも、中学生ぐらいの頃にはみんなと同じくファイナルファンタジーやストリートファイターなどを親にねだって買ってもらったものです。

僕の記憶が確かなら、ファミコンのドラクエIIが5,000円~6,000円ぐらい。
スーパーファミコンのストIIなんて1万円を超えていた覚えがあります。

ドラクエやストIIといったモンスタータイトルであれば、それだけの価格を払ってもハズレがないことはわかります。
でも、中には呆れるほどのクソゲーが同じぐらいの価格で販売されていたものです。

僕らはそれを、買っていたんですね。
面白いかどうかわからないのに、数千円から1万円支払って買っていたんです。

お金を支払う順番がシフトしている

つまり、昔は「お金を払ってから楽しむ」だったのが、今は「楽しかったらお金を払う」にシフトしているわけです。
なんだったら今は、楽しかったとしても、ある程度までだったらお金を払わないですよね。
今回の僕のようにタダ乗りして終わるだけです。

ここ数年で増えた無料の漫画アプリとかを見てもそう思います。
「面白かったら漫画を買ってね!」というスタンスなのはわかるけれど、毎日無料で次々に読めちゃうことや、「買うまでもないかなぁ・・・」というラインギリギリだったりすると、やっぱり買わないわけですよ。

むしろ「無料で読めたものにお金払うのかよ・・・」という気持ちになっちゃう。

これって実はかなり危険じゃないでしょうか。

サービスが崩壊する

例えば飲食店だったら・・・。
先に食事を食べて、美味しかったらお金を払うというシステム。

ユーザーにしてみたら一見便利なように見えます。

だって、「ハズレの店」を回避することができるわけですからね。
現に「試食」をやっているお店とかはこれに近いわけなんですが。

あとは美容室。
髪型が気に入ったらお金を払う。

病院。
痛みが取れたらお金を払う・・・。

僕はどうにも「サービスの崩壊」を懸念してしまいます。
つまり、いつか経済が回らなくなるんじゃないか、ってことです。

経済が回らなければ、極端な話、誰もお給料をもらえなくなりますから生活できなくなりますよね。
そう思うと、課金ガチャを回しまくってでも経済を回す方がナンボも健常なのかもしれません。

※といっても、世の中の流れというのは誰にもせき止められないものですが・・・。

ユーザーは支払ったお金の額から価値を決めている

先日読んだ無料のニュース記事に「ユーザーは支払った金額から対価を決める」というようなものがありました。

要するに、同じものを体験したとしても、高いお金を支払った人とお金を支払わなかった人では感じ方が異なるというもの。

塾の「無料体験会」に参加した子供と、お小遣いをはたいて「有料体験会」に参加した子供、どちらがしっかり勉強するか、といったような話です。

これ、僕は妙に納得してしまいました。
というのも、先日のプラレール博がまさにそうだったからです。

ディズニーランドなら、どんなに混んでても1時間で諦めたりしない

僕ら一行はプラレール博の会場内に滞在した時間が1時間もありませんでした。
入場して、あまりの人の多さに「もう出よう」といって出てしまったんです。

この時頭の中では「こんな混雑した窮屈な場所にいたくない」という気持ちと一緒に「入場料も900円だったしな・・・」「入場記念のオマケも貰えたしな・・・」という計算があったわけです。

これがもし、7000円以上支払って入場しているディズニーランドだったらどうだったでしょうか。

プラレール博と同じぐらい混雑していたとしても、もう数時間は滞在して、どうにか楽しみを見出そうとしたはずなんです。

おわりに

毎日100円のカップ麺で「空腹を満たしている」人には、もしかしたら「食事の楽しみ」を見出すのは難しいのかもしれません。

これはソシャゲも同じこと。
課金しないで時間をかけてダラダラやっているだけでは見えてこない楽しみ方があるのかもしれない。

つまり、ソシャゲにお金を投資していないうちは、これを「無駄なモノ」「時間を潰すもの」から昇華させることができないのではないでしょうか。

クーラをゲットしてそんなことを思った、というお話でした。(課金するとは言ってない)

 

 

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