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挑戦しなかった人の人生はもっと誇って良いという話(本当に挑戦をしなかった人間などいるの?)

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明確なデータがあるのかは存じませんが、よく聞く話で「人間が死の間際に後悔するのは”挑戦しなかったこと”だ」というのがありますよね。

僕も前にいた会社のシャッチョさんに「やりたいことがあるので辞めます!」と告げた時に、この話をされました。
つまりまぁ、「どうせ後悔するなら、やらないでする後悔よりも、やって後悔せい」みたいなね。そういうアレです。

※もちろんですが、コレ、犯罪には適用されないのであしからず。。。

んで、最近ハマってるQuoraでも同様の投稿?スレッドがあって。
そこに

挑戦しなかった方の人生をもっと評価してもいいのでは

というような書き込みがありました。

これはなかなか目から鱗だったんですけども・・・その内容は「両親が下手な挑戦をしなかったからこそ、自分はそこそこの人生を生きられた」というようなものだったんです。

なるほど・・・確かに僕も、オトンとオカンが「普通の家庭」をどうにか作ってくれたので、衣食住に困ることがないどころか、大学まで進学させてもらえたし、今の様に考えることができる人生を歩めているわけだなぁ・・・と。

ただ・・・僕はこうも思うんですよ。

人生で本当に挑戦しなかった人なんていんの???って。

挑戦しない人生なんて存在しない

まるで挑戦をすることがない人生というのは、どういうものでしょうか?

凪のような生活を送ること・・・ですかね?
たとえば五体満足健康であるにも関わらず、特に仕事をするでもなく、寝床や食事だけ与えられ・・・毎日ただボーッとして過ごす・・・みたいな。

・・・ないっすよね、、、

そんな生活ってないと思うんですよ。

大人であれば、何かしらの仕事に就いている人がほとんどだし、そうでない人も何かしらの葛藤を抱えて生きているわけです。

でね、どんな仕事に就いたとしても、それはそれで「挑戦」なわけですよね。
家業を継ぐにしたって、公務員になるにしたって・・・それを選ぶことがもはや挑戦だと思うのです。

まったくのノーリスクな人生なんてありえないんですよ!

そういう意味で言えば、仕事をしないという選択もまた挑戦と言えるので・・・つまりまぁ、全員何かしらの挑戦はしてるんじゃないかなって。

なのでもし、死の間際に「わしゃ何もしてこんかったなぁ・・・」と後悔する人がいるのであれば、そんな必要はないんです。だって挑戦してきたもの。
だからご自身も、周りの人も、その人生を評価してあげて欲しいと思います。

最善の捉え方が違うだけ

って、まぁ・・・そんな後悔の仕方をする人っていうのも実はそんなにいないと思ってて。
どちらかというと人生に後悔してしまうのは「熱烈にやってみたいことがあった」のに「何らかの理由を付けてやらなかった」という人なんじゃないですかね。

たとえば冒頭の話のように「家族のために、普通の家庭を作る選択をした」だとか。
「今生きるのが精いっぱいなので、欲しいものを諦めた」みたいなのもそうかな?

でもね・・・これってその時その時の「最善」の捉え方の問題だと思ってまして。
行動を起こせる人はリスクよりも自分が動けないことを悪いことだと考えているし、そうでない人はその逆なんですよね。

つまり、「やりたいことをやる」よりも、リスクを取る方がその時の最善だと思えた、と。それだけのことなんです。

こんなの、どちらの人生が偉いわけでもないのです。

喉元過ぎれば熱さを忘れる

たとえば僕なんかは今、アメ車に乗ってみたいという欲求があるんですよ。

でも、日々の生活を考えたら・・・そんな金銭的余裕はないんです。
車両取得代はもってのほか、メンテ代だってかかるし。

なので「そんなに乗りたいなら買ってみりゃいいじゃん」と言われても、おいそれと手を出せるようなものじゃないんですよね。
今は今の「守りたいもの」があるんだもの。

それが、死ぬ間際になれば「あの時のお金なんて、たぶんどうにでもなったよなぁ」と考えだろうことは容易に想像できます。
だって、その頃にはもう喉元過ぎちゃってるから。
生活が苦しいかどうかなんて過去の話なんだもん。

でも実際にそれをやって生活が苦しくなるのは「今」なのでね!
将来、死ぬ間際も大切だけど・・・今もとても大切なんですな。

おわりに

つまり・・・死ぬ間際の後悔なんて、なんというか・・・信憑性がないんですよ!

「そりゃ今なら何とでも言えるでしょ!」って説教してやりたい。しないけど。

だからね、もはや後悔そのものがウンコなんです。

やらない後悔よりもやる後悔とか言うけど、後悔=ウンコっていうお話

↑の記事を書いた時には

人生において「やったこと」っていうのは全部が経験談としてあなた自身の財産になるからです。
やらなかったこと・・・は財産になりません。

なんて書いてましたが、今思えばそんなことはないですよ。

やらなかった、という経験が残るんだから、それはそれでまた財産なんでしょう。

もっとこう、なんていうか・・・その時その時に自分がした選択というのを尊重してあげたらいいの!
そうすれば「あの時ああしておけば・・・」じゃなくて「あの時のワイの選択、まぁアレであってたよな!」って感覚になれるからね。たぶんね。

追記

でもワイは、なるべくならやりたいことを全部やって死にたいけども!w(↑の文、ぜんぶ台無し)

さらに追記

エリクソンの老年期「統合と絶望」について調べる(自分用)

   

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