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なぜ正論で”わからせ”ようとするのはみっともないのか

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      2024/02/12

最近、論破王のひろゆきさんが国会議員の米山さんに”わからせ”られたってことで話題になってますね。

当の対談(?)はめちゃくちゃ面白かったです。

米山議員の賢さもよくわかりましたし、一方ひろゆきさんが米山議員の出した案に「成り立たないと思う」っていうのも僕はなんとなく賛同できるかなぁ・・・って感じで、考えさせられました。

ただ、いくら机上の空論だったとしても何もしない政治よりは「良い方向に動かそうとしている政治」の方が信頼できそうなので、米山議員の動向には注目していきたいですね〜!

(特に衰退社会のマネジメント・・・のくだりはすごく響きました、、、)

↑こういうのも「衰退社会」を考えさせられますな。

ただ、これ以降なのか、米山議員がたびたびひろゆきさんのツイートを引用RTして「こいつまた間違ったこと言ってるぜー!」みたいに晒して回ってて。
ちょっと粘着っぽい感じなのが残念というか・・・。(もう相手にしない方がカッコいいと思うのw)

あくまで僕個人の意見ですけども、「議員とインフルエンサー」って同じ土俵じゃないと思うんですよ。
ひろゆきさんが政治家に立候補して国会議員として間違った発言をしているなら大問題ですけど、違うじゃん??

もしくは政治評論家とかさ、政治についてのことばかり考えている人ならまだわかりますけども・・・。
あくまでインフルエンサーっていうのは「私人」なのでね、、、

厳密に正しくなくとも、「こういう感じ」っていうていで発言することはあって構わないんじゃないのかなぁ?と。

※そもそも「論破王」とか言われてますけど、ホリエモンが言う通りひろゆきさんって「人を茶化して悦に入ってる」だけで、もともと特に論破してないような気もするのよね。

・・・とまぁ、最近の話題にのっかってスタートしましたが!!
僕は普段からSNS上でも、一般人による「正論での”わからせ”」みたいなのを目にしていて、ちょっと辟易としているのです。。。

「正論で責めたら可哀想だよ」

今からさかのぼること20年弱。。。
僕が後に妻となる女性に出会ったばかりの頃の話をさせてください。

あのですね、女性っていうのはまぁ、いろいろと都合がありまして・・・男性の想定とは違った考えや行動をするものなんですよ。(差別的発言)
当時の僕はそういうことを理解できずにいてですね、彼女の行動に「論理解」を求めてしまったんですな。

というか、当時は自分が若干賢いという驕りがありまして。
物事が論理的でないことに対する不満があったのです。

でね・・・「あなたのその行動は間違っている。僕の意見が正しい。」というのを突き付けてやろうと画策していました。

そんな折、高校時代からの友人と飲む機会があり、その話を打ち明けたところ・・・彼から

正論で責めたら可哀想だよ

と諭されました。

彼は「可哀想」と表現しましたが、もしかしたら正論で鼻息を荒くしている僕をみて「みっともない」と思ったのかもしれません。(被害妄想)

その時は「なぜ?可哀想なのはむしろ非論理的な行動をされている僕の方では???」とまで思っていた僕ですが、、、今となってはなんとなくわかりますw

要するにダサいんだよな

最近のSNSでも、若い子がちょっと痛い発言をしてて、それを鬼の首でも取ったかのようにみんなに晒して・・・ってヤツをよく見ます。

あれね、卑怯だなーと思うのは1:1でバトルするならまだしも、引リツして「みんなー!こんなこと言ってるヤツいるよー!どう思うー!?」っていうやり方ですよ。
楽しんごちゃんとあゆのバトルもそうだったなw

SNSでの喧嘩はフォロワー数で戦う戦争みたいだよな!

でまぁ、「どっちが正しいのか?」なんてのは、見てればわかるんですよね。
正論ふりかざしてる方が正しいの。たいていは。

なのに、なぜなんだろう。
ツイッターにつらつらと正論を書けば書くほど・・・その人がダサく見えてしまうのは。。。。

間違いを指摘するぐらいならいいんですけど、正論を武器にドヤってる人の発言は「もう見てらんない。。。(///)」となってしまうのです、、、

弱い者いじめなのだ

その答えは「弱い物イジメだから」なのかもしれませぬ。
やっぱりね、痛い発言をしてしまう・・・みたいなのって、社会的な弱者だと思うんですよ。

僕も20代前半ぐらいの頃に世の中を知った気になって、当時付き合いのあった大人の人たちに熱弁を奮った過去があるんですが・・・やっぱ今考えると相当な黒歴史なんですよね、、、
圧倒的に知識も経験も足りてない状態での発言だったわけで、思い出すだけで「(当時の自分)クソがっ!!!」って言いたくなりますがw

シャワーを浴びながら「クソがっ!!」と言ってしまう人が気を付けたいこと

20歳そこそこのヤツなんてそりゃヒヨッコなんですよ、、、
わかりやすくイメージできるように説明すると、7歳児が恋愛や仕事について僕らにアドバイスしてくる、みたいな。

「はいはいはい・・・w」みたいなとこ、あるでしょ??
バカにしてるわけじゃないんだけど、「うん、おじさんもうそれは100回ぐらい考えて、その上での”今”なのよね」みたいな。

つまり、若いってことはそれだけで「精神的な弱者」とも考えられるわけで。
その弱者を正論用いて小馬鹿にする・・・というのは立派な「弱い物いじめ」だよなぁーと。(当人たちはいじめと理解してないんだろうけどね、、、)

ノブレス・オブリージュである

ほんで、ここからが本題なんですけどもw

欧米社会では「ノブレス・オブリージュ」という貴族の考えが浸透しているようで。
これが何かというと・・・いわゆる「ギフテッド」という言葉にも通じてくるんですが・・・、、、

要するに「持ってるヤツ」(財力、知力、体力etc…)っていうのは強者じゃないですか。
これって、後天的に備えることもできるとは思いますけども、やっぱり先天的に持っている人の方が有利だと思うのです。

で、そういう人っていうのは「社会的な責任と義務がある」とされているんですね。

どういうことかというと・・・アメリカで考えるとわかりやすいんですけど、彼の国ではお金を持っている人が積極的に寄付をするじゃないですか。
大人だけじゃなくて、お金持ちの子供とかでも平気で「貧しい人に施しを与えたい」みたいなことを言うんですよ。

なぜなら彼らは生まれながらにして「持っている」から。

持っていない人に手を差し伸べる社会的な責任と義務があるわけです。

じゃあ頭の良さについてはどうか?と言えば、それも同様で。
「たまたま生まれながらに教育環境が整っていて、賢く育つことができた人」というのは、そうでない人をサポートする義務がある、と。
※親ガチャじゃないですけど、自分が「学べる環境にある」というのも与えられた特権なんすよね。

ツイでバカみたいな発言をしている人がいたら「晒して小馬鹿にする(=自分が知的であるとアピールする)」のではなく、本来であればそれを助けてあげられるのが美しい姿だと言えるのではないでしょうか???

おわりに

そういう前提があるので、「正論”わからせ”」っていうのは、やっぱどこかしらダサいというか・・・みっともないのかなぁーと思う所存です。

まぁー、とはいえ・・・自分のことを賢いと思っている時には特に自分の行動を疑うことはないと思うのでね・・・。
他人がどうこう言ったところで変わることはないですし、僕のようにオッサンになってから「クソッ!!!20歳の頃の自分クソッ!!!」と悔やむしかないのかなー。

※そのままの頭でおじいになるアイタタターな人も多いですけどね。

   

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      2024/02/12

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