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年齢制限があるアトラクションで息子にウソをつかせるべきか悩んだお話。

 - こども関連

      2017/09/04

先日、某遊園地に行ったときのこと。
息子がとあるアトラクションに乗りたいというのでチケットを購入し列に並びました。

実はそのアトラクション、「3歳から」となっていたんですが、息子は今月3歳になる「2歳児」。
その時点で本当は列に並ぶことすらダメだったんです。

でも「せっかく来たし」「もう3歳みたいなもんだし」・・・という気持ちがあったんでしょうね。
乗れたらラッキーぐらいの気持ちで並んでみました。

結果、乗れる直前のところで係の方に「ぼく、何歳?」と聞かれ、撃沈w
僕も「今月3歳になるんですが・・・」と食い下がるも「ダメですねー」とのこと。

そらあそうや・・・(スラムダンクのカリメロ風に)

僕の親としての行動はもちろん正しいことではないですし、係の人にも面倒な対応を一つさせてしまって申し訳なく思います。
息子もひどくガッカリした様子で、こんなことなら最初から並ばなければよかったと感じさせられました。

それではいってみましょう。
「正直者は損をする」です。

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正直者は損をする

うちの息子は身長に関しての発育がよく、4歳児と遊んでても違和感がありません。
つまり、他の2歳児よりは大きく、なんだったら3歳児よりも大きいです。

現に、そのアトラクションや、他の「3歳から」となっているアトラクションには息子よりも小さな子がたくさん乗っていました。

そういうのを見ちゃってたから「乗りたい!」ってなったわけですし、僕らも「あの子らが乗れてるならいけるんじゃない?」と勘違いしてしまったわけです。

何が言いたいかっていうと、そのアトラクションがダメな理由って「2歳だから」ということなんですよ。
「2歳児は危険だからダメ」とかではないということ。

2歳児は小さいからシートベルトが締められませんとか、言う事聞けないだろうから途中で降りられても困るとか・・・そういう理由ではないんです。

変な話、3歳になっていればいくら体格が小さかろうと、落ち着きがなかろうと乗れたってこと。
おそらく根底には「小さい子は危険」っていうのがあるんでしょうけど、ボーダーの引き方がすごく雑な気がしてしまいました。

一定のラインを決めなければならないというのはわかる

ただまぁ、僕も自分で店をやっていた時に、一律で「小学生未満は入店できません」とやっていたので、その気持ちはすごくよくわかります。

要するに、現場で判断させる手間を回避しているんですよね。
アルバイトのスタッフさんでもわかるように一定のラインを決めておけば「ダメっていう決まりなんですよー」の一言で済むわけです。

でもこれって、「抜け穴」があるのに気づきましたでしょうか。
というか誰もが気づいてることだと思います。

「3歳です」って言えばよかっただけ、ってことに。

ウソをつけば乗れた

3歳児が身分を証明するものなんて、パスポートぐらいしかありません。
母子手帳もあるけど、写真なんか載ってないし、どこまでの証明になるのかわからないですし。

で、あたりまえですが、遊園地のアトラクションに乗る際に身分証の提示を求められることなんてないですよね。
つまり息子ないし僕が「3歳です」って言えばよかっただけのことなんです。

僕も並びながら何度息子に「何歳?って聞かれた『さん』って言うんだよ」って教えようかと悩みました。

でも・・・やっぱり親として息子に「ウソを良しとする」というのはダメですよね。
なんか「ズルしたらうまくいく」みたいなのを教えたくはありませんでした。

なので、正攻法で行こうと思ったわけです。
そして結果的に撃沈したわけですw

昔話はウソつきだ!

昔話で言えば、正直者のおじいさんはお宝をもらうことができます。
逆に欲深い”隣のおじいさん”はガラクタをつかまされたり、お化けに追い掛け回されたり・・・ひどい目にあいます。

僕らは子供の頃から「正直であれ」と教わって生きてきました。

でも、大人になったら「世の中そんなに甘くない」ってことに気づきますよね。
正直者は損をするんです。

「ウソも方便」ということを覚えて、上手にウソをつけた人間がうまく立ち回れるようになる。
今回の件だって僕が「息子は3歳です」と堂々とウソをついていれば、誰も不幸にならなかったわけですよ。

係の人も面倒な「ダメですねー」を言わなくて良かったし、息子もガッカリせずに済んだ。

なんだったら昔話の隣のおじいさんだって自分の欲には正直なわけですからね。
「正直であれ」という教えこそが世の中をうまく渡り歩くためには「ウソ」なんですよ。

・・・短期的に見れば。

息子は勝手に成長していた

その日の夜、ピグレットの人形を介して息子と遊園地の出来事について振り返りました。

ピグレット「今日は楽しかったね。どこにいったの?」
息子「あーちゃん(おばあちゃん)と、○○にいったね」
ピグレット「そこで何か乗ったの?」
息子「観覧車にのったよ!」
ピグレット「乗りたかった〇〇(アトラクション)には乗れなかったね」

すると息子

「・・・あれは、3歳からしか乗れないんだよ」

これを聞いた僕は、なんだかすごく「良かった・・・」と思いました。
それは「あの場で咄嗟にウソをつかなくて良かった」「ズルをしたらうまくいくという事を教えなくて良かった」ということだけではなく、息子が「世の中は自分の思い通りにはならない」ということを理解したことについてだったのかもしれません。

いずれにしろ、なんかすごく息子の成長を見た気がしたわけです。
ガッカリしていただけじゃなかった、そこから学んでもらえたということになんだか救われました。

目先の幸せ、将来の幸せ

ズルをすれば、目先のことはうまくいくんです。
たとえば最近、メルカリで読書感想文の代行が販売されていたと話題になっていましたが、僕は本人や親が良いと思えば他者がとやかく言う問題ではないと思っていました。

だって、そうやってズルをすれば、とりあえずは新学期に先生に怒られないで済むわけですから。
読書感想文が書けない当人にしてみたら、目先の幸せをゲットできる方法なんですよ。

ただ、そうやってズルを続けていけば、何も身につかないんですよね。
いつかズルができない日が来た時に窮地に立たされてしまいます。

反面、正直者はつらい思いをしながら生きていったとしても、都度成長するわけです。きっと。(そう思わなきゃやってらんない)

正直者は損をする。
ただし、長期的には得できるかもしれない。

息子にはそんな風に教えていけたら、と思わされました。

おわりに

ただまぁ、ケースバイケースですけどね。

ブスな人に「あんたブスだね」なんて言えば修羅場になるのはわかりきってますし。
そういった世間の世知辛さや理不尽さも、大人になりながら徐々に体験して、傷ついて成長していってもらうのが一番いいのかなと。

単に息子の前でウソをつきたくなかった、ウソをつかせたくなかったという自分のこだわりがあって、それを正当化したいだけなのかもしれませんがw

※というか、何も聞かれなかったらそのままズルして乗ってたわけだから、表面的にウソをつくかどうかの違いだけであって・・・偉そうに「ウソをつかせなかったぜ!」とか言えないんだよなぁ。。

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