3歳になる息子に「間違ったっていいんだよ」と教えたことの間違い。
2019/12/12
日本語って難しい。
いや、言語なんて日本語に限らず難しいからこそ、コミュニケーションエラーが起きてしまうものなんだろうけれど・・・。
僕ら夫婦はいろいろと自分たちの人生でチャレンジして失敗してきた経験から、「失敗は多くのことを学べる!」ということを実感しています。
エジソンも「9999回の”うまくいかなかった方法を試した”」というように、失敗することは決してダメなことではないんです。
たとえば人間が初めて歩く時、どんな赤ちゃんだって何度も何度も転んで、ようやくバランスを取って歩けるようになりますよね。
人間の経験というのもそれと同じで、仕事も恋愛もたくさん失敗した人から上手にできるようになっていくわけです。
いわば失敗とは「経験値」そのもの。
僕らは子供のころから「失敗してはいけない」という風潮にさらされて生きてきています。
※少なくとも僕はそう実感しています。
でも、失敗しない人生を歩み続けることで人より数倍も早く成長できる、なんてことはあるんでしょうか?
僕はむしろ、たくさん失敗をすることこそが、「大人になる前にやっておくべきこと」なんじゃないかと思っています。
そこで、僕ら夫婦の教育方針として、息子には「失敗してもいいんだよ」「チャレンジしようという気持ちが大切だよ」というのを、言葉が通じないころから言い続けていました。
息子と会話ができるようになり、より分かりやすいようにと言葉を「間違ったっていいんだよ」に変えたところ・・・息子はそれを曲解してしまいました。
うーん、日本語って難しい。
なぜ失敗してもいいのか
そもそも、なぜ失敗をしてもいいのか・・・いや、失敗をした方がいいのか?というと、失敗からは多くのことを学べるからです。
成功体験からももちろんたくさん学べることはありますが、残念ながらたまたま成功した方法を「唯一の成功方法」と勘違いしがちなんですね。
たとえば、「壁ドン」みたいなのがいい例。
「壁ドンすれば女の子が落ちる」というのは、イケメンかつ少なからず好意を持たれている相手(さらにはそこそこ近しい人)に壁ドンするから喜ばれるのであって、ブサメン、嫌いなヤツ、知らないヤツにいきなりやられたら恐怖でしかありません。
わかります?
成功体験は思考を放棄させる
成功体験を重ねれば重ねるほど、「こうすれば成功する」という思考になりがちなんですね。
なので、成功者にアドバイスを聞くというのは、実は危険な場合があるんです。
たとえば流行っているお店さんに秘訣を聞いたら「安くすれば売れますよ」とか、飲食店なら「美味しければファンがついてきます」とか。
もしかしたら売れてる芸人さんに聞けば「面白ければテレビに出られる」みたいなことを言うかもしれません。
でも、「安くたって売れない商品」「美味しいのにつぶれる店」「面白いのにテレビに出られない芸人」って、たくさん存在しているじゃないですか。
これはあくまで一つの方法でしかなくって、「○○すれば成功する」という絶対的な要件ではないということなんです。
※変な話、美味しくなくても流行ってる店、たくさんありますしw
失敗体験は成功への道を探らせてくれる
逆に、失敗すると人は「何がダメだったんだろう?」と考えられます。
もちろん中には考えることを放棄し、その失敗をなかったことにしたり、人生をなかったことにしようとする人もいるでしょう。
でも、そうじゃない場合。
つまり、失敗を乗り越えたいと思う人は、それを糧にしてさらなる成長ができるんですね。
「いままでやってきたことは決して無駄なんかじゃなかった・・・!」とか考えるわけですよ。
たとえば商品企画を任されて、マーケティングリサーチも万全、「絶対売れる!!」と意気込んだ商品が売れなかったら・・・?
企画部の人なら「何が原因で売れなかったのか」をチェックし、次回の企画に活かします。
販売部は「どうにかして在庫を売りさばこう」と頭を捻るでしょう。
これを積み重ねることによって、失敗する回数が減っていく・・・というような感覚です。
「間違ってもいい」の曲解
さて、2歳児にそんなことを教えたところで理解できるはずもないので、とにかく今は「うまくできなかったとしてもチャレンジすることが大切!」というのをわかってほしかったので、とにかく「間違ってもいいからやりなさい」を口癖に普段の教育をしてきました。
うちの息子は2歳児ながらすでに失敗への恐怖感が強く、すぐに「パパがやって」「ママがやって」と自分でチャレンジするのをあきらめるタイプでした。
もう今の時点からそんな息子の将来が心配で心配でw
失敗することに慣れさせておきたいと思ったんですね。
できることをわざと間違える息子
すると、そのうち息子が不可解な行動をとるようになったんです。
それは「自分が今までできたことを”わざと”間違える」ということ。
当初はそうやることで親の気を引きたいのかな・・・?ぐらいに考えていたのですが、ある日息子が「間違えたっていいんだよー」と言っていたのを聞いて「しまった!」と思いました。
つまり息子は「間違えること=良い事」と理解していたのです。
PDCAを教えるw
その日から息子には「自分がわからないことを間違えてもいい。でも、一回間違えたらちゃんと学んで、次は間違えないようにしようね」と教える方針に変わりました。
もちろん、次に間違えたからといって僕ら夫婦が息子を叱るようなことはありません。(限度はあると思うけど)
間違えることよりも、間違いを恐れてチャレンジできない方が問題だからです。
もうしばらくはこんな感じの教育で育っていってほしいなと思っています。
おわりに
新学期が始まり、自ら命を絶ってしまう学生さんが今年も少なからずいるそうです。
彼らの心中は僕には到底わかりっこないですが、もっと世間の風潮が失敗に対して寛容だったなら、救えた命もあったのかもしれないな・・・なんて思います。
僕だってずっと「貧しいこと」や、それに起因する「マイホームを買えないこと」「子供がいないこと(今はいるけど)」を他人と比べてしまい、自分の人生が失敗だったかと悩んでいました。
でも、現時点の自分を他人と比べることでそれが失敗かどうかなんて、世間が勝手に決めたイメージにすぎないんですよね。
要は最終的に、自分が死ぬときに「悔いが無かった」と思えるかどうか・・・なんじゃないかなと。
・・・これも自分がまだ死んだわけじゃないのでわかりませんけどねw
とにかく「失敗すること」なんて屁でもないということを社会は教えてくれません。
なので僕は親として息子に教えていってあげたいなと思ったわけです。
ああ、なんか話が大幅に反れました・・・。
ええとなんだっけ・・・ああ、息子が「間違ったっていい」を曲解したという話でしたね。
日本語って難しいよね。
2019/12/12