ブログが書けたよ!

自分がやってきたことだけなんでも書く、ジャンルむちゃくちゃマガジン

失態は茶化して誤魔化すことで乗り越えようとしてはいけない

 -

   

僕は小学生の頃、理科の実験で薬剤の瓶を倒してしまったことがある。

その時、その場の空気を和ませたかったのかな。
薬剤を拭いた布巾を手にし、「うぇ~い」と友達に近づけたのだ。

それを見ていた担任の先生に激しく叱責されたことは言うまでもない・・・。

「いやそれ、お前がやっていいことじゃないから」
って話なのよね。

失敗したヤツは反省こそすれど、それを茶化すような真似をしてはいけないのである。

・・・ま、そんな感じで先生に叱られて、ものすごく恥ずかしかったのを覚えています。
今になって思えば、小学生の頃にそれを叩きこまれて良かったんだろうなぁ。

最近立て続けに、この記憶を思い出させてくれる出来事があったので、なぜそうしてしまうのか?なぜそれがいけないのか??について考えました。

スポンサーリンク

なぜ失態は自分で茶化したくなるのか!?

なぜ失態は茶化してしまいたくなるのか?
その答えは「場の空気を悪くしたくない」みたいなところが大きいと思います。

先日、某職場にてコロナ陽性を伝えようとした人も、自分でドラムロール(ドゥルルルルル・・・バン!)をやってから「陽性でした~!」とやったのだとか。

まぁ、コロナ陽性は別に”失態”ではないですけどもw
おそらくは場を和ませたかったんだろうなーと。

僕の理科の実験の件もそうで・・・みんながお葬式みたいにしんみりと片付けをしているのが耐えられなかったんですよね。。。

プライドが邪魔してる

まぁ、場を和ませたい・・・なんて、まわりのせいにしましたが、実際は自分の保守です。

つまり、「自分のせいでしんみりしてしまった」ということが耐えられなかったのです。

だったら挽回してやらぁ!!
みたいな感じで、なんか面白いことでもやってやろうと思ったんでしょうね。

本来は自分が一番しんみりしていないといけないのに、それはプライドが許してくれなかったのだろうなと。

相手の気持ちに立ててない

あとはまぁ単純に、相手の気持ちを察することができないっていうところかな。

プライドの件もそうだけど、結局は自分を中心に世界が回っていると考えてしまっているため、それをされた相手がどう思うのか?まで頭が回らないわけです。

相手の気持ちを考えることができれば「今お前が茶化していい時間じゃないだろ」って思われるところまで想像がつくはずなのよ。。

なぜ失態を誤魔化してはいけないのか

ではなぜそれをやってはいけないのか?というと・・・結果的に自分にとってマイナスとなるからです。

きっと本来の流れとしては「失態する⇒反省する⇒終了」みたいな感じなんですよ。

しんみりと反省しているのを見れば、叱る側も「お、おう・・・まぁ、次から気を付けろよ」ってなれるんです。
それで収まりがつくというか・・・なんだろう、もう既に泣いてるヤツをさらに泣かすことはないっていうかw

それが、自分で茶化してしまうと「反省する」が抜け落ちたように”見える”んですよね。

実際には反省してるんだとしても「なんだこいつ、全然反省してねえな…!!!!」つって叱られるの。
すんごいもったいないです。

なんていうか、、、失態を犯した時の周りの人の感情っていうのは「許す」と「許さん」の境界にいるような感じなんだろうなぁ。

現に前述した某職場でのコロナさんは「うざっ・・・」と、相当反感を買ってしまったらしいのでね。。。
本来だったらコロナ感染なんて心配されるようなことなのにね。いけないね。

おわりに

ま、そういうわけで・・・失態は誤魔化したりせず、しっかり反省するだけでいい・・・というようなお話でした。

なんかこれ、先日の雨上がり決死隊の解散会見にも通ずるところがあるかもなぁ。知らんけど。

Abemaアメトーーク雨上がり解散会見を観た感想

 

   

 -

   

スポンサーリンク