響~小説家になる方法~がタイトル詐欺な件
2023/08/08
柳本光晴先生がビッグコミックスペリオールで2014年~2019年にかけて連載されていた漫画「響〜小説家になる方法〜」を読んでいます。
これがむちゃくちゃ面白い。。。
何が面白いのか?というのを筋道立てて説明できないんですけど、理屈じゃなく面白い感じがあるんですよねぇ・・・。
勢い余って映画の方の「響 -HIBIKI-」も観ちゃいました。
ただですね、マンガのほう・・・これ優良誤認と言いましょうか、、、タイトル詐欺なんちゃうかと。そういうクレームであります!(嘘)
どんなおはなし
「響~小説家になる方法~」は、主人公 鮎喰響が類稀なる才能で小説家として成功していく・・・
というか、平たく言うと「凡人~小説家になれない理由~」みたいなお話です。
とにかく響ちゃんが天才過ぎるんですね。
15歳にして、作中作「お伽の庭」で芥川・直木W受賞っていうのをさらっとこなしたり。
文芸部の部誌やら、部員にアドバイスするために書いたラノベでさくっと人を感動させてしまったり。
読者にも「そこまで言うなら『お伽の庭』を読ませてくれ・・・!」と思わせてくれるわけです。
そんな響ちゃんの作品に触れて、何人もの作家(または作家志望)が自分の才能の限界やら次元の違いを目の当たりにされる・・・と。
天性のセンスは努力の果てに生まれるのか?
個人的には序盤の「中原愛佳」さんのお話が好きで。
小説家になりたくて、プロにまでなって・・・でも30歳過ぎても売れなくて。
「まだ書くの・・・?」と・・・好きで、やりたくてやってる小説を嫌いになりそうになって。
そんな中で響ちゃんの作品に出会ってしまい、”筆を折る”ことを決めるっていう。
これ・・・「マンガだから。創作だから。」って話ではないんですよ。
実際に僕も過去に「到底太刀打ちできない才能」というのに出会ったことがあって・・・きっとどれだけ努力をしてもその才能には届かないんだろうな~と思えたところで夢への諦めがついた経験があるのです。
もちろん「努力では才能を追い越せない」とか、「才能がある人は努力をしていない」なんて言うつもりはありません。
ただ、負け惜しみじゃないですけども、才能がある人は「1の努力で10以上伸ばせる」と仮定した時に、凡人は「100の努力で1しか伸びない」っていうのがあるんですよ。現実問題として!
※しかもそれは100の努力をした凡人にしかたどり着けない境地なのだ!
で、プロになるっていうゴールが「10」だった場合、天才は1以下の努力で到達できるんだけれども、凡人は1000の努力をしてやっと、なんですよね。
頑張って頑張って頑張って・・・やっと「プロになった!」ってラインなのに、そこは本当の意味のゴールではなくて・・・そこからさらに努力をしないと作家としては生活ができない(つまりそこからがスタート)っていう・・・。そりゃ「まだ書くの・・・?」ってなりますよ、、、
なんていうか、この作品はそういう「プロの世界で戦っていくっていうのはこういうことやで」「天才じゃなければ小説家になんかなれないんやで」っていうのを教えてくれるバイブルのような・・・そんな気がしております。
※そういう意味では「タイトル詐欺」ではないってことか・・・。
主人公が主人公じゃない作品なのかも
まだ最後まで読んでないので何とも言えませんが・・・この作品の主人公である響ちゃんは前述のとおり天才ですので、いまいち感情移入ができないんですよ。
言ってることは間違ってないし、ピュアなんだけど・・・言動が子供っぽ過ぎるというか・・・共感できない部分が多いんですよね。
むしろ響ちゃんの周りで、その才能に圧倒されていく「凡人+α」ぐらいの存在こそが真の主人公なのかな?と思える感じ。
特に響チャンの先輩であるリカちゃんね。
あの子の葛藤、笑顔の下の素顔・・・天才になり損ねた凡人っていう存在がたまらなく愛おしいです。
それこそ前述の中原さんとか、新人賞同時受賞の田中さんとか、パイセン文豪の鬼島センセとか・・・。
ああいう「天才に振り回される、ポスト天才」的な人の苦悩こそが共感でき、その痛快さが面白いっていう感じの作品なのかなー!!
おわりに
というわけで、「響」の感想でした!!
まぁとにかくめちゃくそに面白い・・・。
カヨちゃんとタカヤ君の関係も気になる。。。
あ、そうそう。
この手の漫画が原作になった実写映画って非常に賛否両論が付きやすいと思うのですが・・・映画版の「響 -HIBIKI-」は個人的にはすごく良かったです。
特に北村有起哉さんの鬼島先生とか、柳楽優弥さんの田中さんとか・・・たまらなかったなぁ、、、
キャラクターのねちっこさが増長されてるっつーか。
響ちゃんに暴力振るわれても仕方ないっつーかw
漫画も映画もどっちもおすすめ!
2023/08/08