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大人になってから初の「火垂るの墓」を観た!

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先日の金曜ロードショーで「火垂るの墓」がやってまして。
子供の頃には何度も観た映画だったんですが、やっぱり「楽しい映画」ではないためか成長に伴って観なくなってしまって、今回初めて「大人になってからの火垂るの墓」を観ました。

でまぁ、事前情報で「大人になってから観ると感じ方が全然違う」とか言われてたんですけども。
開始数分で早速ツラいのには変わりなく・・・「どこがやねん!!」とw

結局のところ可哀想な戦災孤児(とも違うのかな・・・?)の話には変わりなくて。

ただ!
やっぱり確かに「大人になったからこそわかる」というような感想もあって・・・

綴らせてつかぁさい!!

中学生だぜ・・・?

子供の頃はとにかく清太さんと節っちゃんが可哀想で仕方なくて。
とても理不尽だなぁという感想しかなかったんですが。

あいや、可哀想なのも理不尽なのも、大人になって観てからも全く同じ感想は抱きました。
「まだ中学生だぜ・・・?」っていう。

お父さんが遠方に行ってしまって連絡が取れない。
お母さんは戦時下で被災して亡くなってしまう。
年端も行かない妹の面倒を見なければならない。

僕だったらもう逃げ出したくなっちゃうような状況。

それを、大人でもない清太さんに課してるわけですからね・・・。
戦時下で余裕がないとは言え、あのオバハンももっと言い方あったんちゃうかと思ったり。

防空壕で暮らし始めた清田さんが節っちゃんを抱きしめて寝ようとした不安な夜が、観ていてとってもつらかったです。

これは情報弱者のお話である

ただこれ、戦争の悲惨さを伝えるお話であると同時に、僕は現代社会の貧困にも通ずる「情報弱者」のお話なんじゃないかと思いました。

清田さんは食べる物がなくなって畑泥棒をしたり、爆撃の際に空き巣をしたり。
節っちゃんの容態が悪くなってからやっとお医者さんに見せに行って、滋養を付けなさいといわれて母親の貯金を下ろして・・・そこで日本が戦争に負けたことを始めて知る、という描写があったんですけども。

「中学生である」ということを抜きにすれば、これはまさに情報弱者のムーブなんですよね、、、

たとえば食べる物に関しては、どうにかオバハンの家に住まわせてもらっておけば少なからず何かしらは貰えただろうし、配給もあったと思うんです。
そして節っちゃんがあそこまで酷くなる前にお医者さんに連れて行ってあげることも出来たかもしれない。
(そしたら栄養があるものを食べさせてもらえたかも・・・?)

それを手持ちのお米やお金・・・おそらく子供にとってはそれが数日やそこらで無くなるものという認識がないものだったんでしょう、それを頼りに家を飛び出してしまうというのは将来設計の無さと言えます。
だって・・・仕入れの当てがないのに支出だけ確定してるわけですからね、、、

畑泥棒も目先の空腹を満たすためだけだし、空き巣も「何が売れるのか」という情報が古いまま実行に及んでいる、と。

これ、つい最近「食べる物が欲しかった」という理由でコンビニ強盗をしてしまった人や、闇バイトに手を出す人たちの行動にも似てないでしょうか??
行政や近所の大人に助けを求められず、短絡的な解決策を続けてしまうという。

それを「日本が戦争に負けた」ということを知らないまま防空壕で生きていた・・・ということから、「戦争に殺されたというよりは未熟で情報弱者であるがゆえに破滅に向かってしまった」ように見えたのが大人になった僕の感想でした。

おわりに

情報がないというのはやっぱり怖いですよね。
小野田さんとか横井さんも情報が正しく得られなかったから戦い続けなければならなかったわけで。
清田さんと節っちゃんが苦しんでいる横で、キャッキャウフフして家に戻ってきた少女たちがレコードを聴くシーンなんかもかなり情報格差のようなものを感じさせたかなと。

そんな感じです。

そうそう、あと思ったのは「節子、ドロップちゃう、おはじきや」っていう有名なセリフね。
あれ・・・劇中になかったですねw
そういうシーンはあったけども。

それから「うちな・・・うんこビチビチやねん」っていうセリフもなかった・・・。
(ていうかFUJIWARAはこんなツライ映画をよくお笑いに昇華できたなぁ)

   

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